4月の雑記
今日はずっと原田真二の『タイム・トラベル』を聞いている。
おそらく、六時半の段階で、約三十回目のタイム・トラベルだ。
うつくしい、耳触りのいい音と言葉を求めている。
あまりにも疲れたので、自分の文章のなかで呼吸をしたく思う。
こんなものに意味はない。
・ ・ ・
ぜんぶ分からない、は怖い。
ちょっとだけ分からないから、安心する。
・ ・ ・
だれかがあなたに、死ねというのなら。
わたしがあなたに、生きてといいたい。
目の前のあなたに生きていてほしい。
こんな陳腐で、けれど切実な思いを抱いたのは、おそらく高校生の頃。
リストカットをして、見せてくる友人がいた。
過干渉な家庭で育った彼女はいつも追い詰められていた。
そして、それ以上に自分で自分を追い詰めていた。
わたしは目を逸らし続けた。
彼女の血から。叫びから。ぽたぽたという水音から。
それをずっと許せないままでいる。
やめてくれと言いたかった。
数年後に再会した彼女は、「もうメンヘラはやめたよ」と朗らかに笑っていた。
猫のいる家があり、同棲している相手がいると言っていた。
あの頃の傷はすっかり薄くなっていた。
青白い膜のような肌のうえに、それよりも純白な横線が流れている。
ヌワラエリアという奇妙な名前の紅茶を注がれたカップですっかり温まった手。
生きて会えた、と思った。
だれかを助けられるとは思わない。
そんな人間じゃない。わたしは。
けれど、あの時、彼女には傷を見せられる相手がいた。
「それが何よりありがたかった。あの時はごめんね。」
そう言って見つめてきた彼女の目には、当時の影はなかった。
この文章は嘘だ。
彼女が高校を中退して以来、連絡はとれていない。
今どこで何をしているのかもわからない。
もしもこの文章を見ているのなら、聞きたいことがある。
あの時のわたしは、どんな顔をしていたの?
・ ・ ・
ホテルを出る前に布団を剥がしてみたら、そこは殺人現場みたいに人型の血まみれだった。わたしの眠っていた場所。
はて。これは何だろう。
とりかえしのつかないもの。
が、そこにあった。
あるいは、わたしはこのベッドで、わたしのなかの何かを殺したのだ。
もしくは殺されたのかもしれない。
聖域のように守っていたのに。
わたしの誇りそのものだったのに。
断末魔も聞こえなかった。
きっとだれも悪くない。
ただ、起こってしまった。
それだけなのだ。
これからどんな顔をして生きていくんだろうな。
過去から自分がせせら笑っている。
『おまえが蔑ろにしてきたすべてが、おまえを置き去りにして帰る』 ケラケラケラ。
だからつまり、わたしは死んだのだ。
死んでしまった。
わたしは、透明な自分の死体を引き摺って生きていくということになる。ずるずる。抜け殻のような空虚。
ケダモノのような自分の、たった唯一静謐だった場所は、いまや血に汚れて見る影もない。
奪われたという感覚は正しくないな。
それはやはり、わたしの責任だった。
・ ・ ・
校長先生から調子はどうだと話しかけられて、じぶんの不眠症について滔々と語ってしまった。
すると、先生のほうも慎重な顔つきをしながら、娘さんの話を始めた。
彼はわたしと似た症状の娘さんを『精神障がい者』と一括りにして、わたしの辛さがわかると。『かわいそう』だと言った。
「わたしって、かわいそうなの?」
わたしのなかの幼い部分がそう聞いてきた。
そうかもしれないね、と答えてみた。
ふうん、とこぼして、わたしはいなくなった。
かわいそうなのは誰だろう。
誰なんだろうね。
2022/04/18