NARRATIVE

闘病日記と化した雑記です。

Loveletter

 

 

‪  やあ、調子はどうですか。

  僕は元気です。

  相変わらず、日がな一日読書にふけっています。どうしようもない社会不適合者だった僕が、今ではすっかり適応してしまっています。家にこもるのは専売特許のようなものです。むしろ、前より元気なんじゃないかな。

 

  世界はずいぶん変わってしまいましたね。

  もう戻ることはないのでしょう。

  不思議です。僕たちは今日のうちに明日を見えた試しがないのに、先行きが見えない、なんて言ってしまいます。傲慢なもんですね。予定調和に慣れすぎた、その報いなのかもしれません。

  先日もののけ姫を見て以来、あらゆることが祟りやら宿命に感じてしまいます。僕は単純な人間です。

 

  君と過ごしていた頃は、ひたすらに目の前のことを考えていました。僕なりにひたむきに生きていた。なんだか懐かしくすら感じます。ついこの間まで一緒にいたのに。喪失の痛みというものは時間が解決してくれますね。正直に白状すると、君がいなくても生きていける自分に、少し失望します。

 

  実際に困っていることなんてそれほどないんです。それなりにやっていけます。昔は、なにかを失った穴を別のもので埋められる能力に虫酸が走ったものですが、その都合の良さにも慣れてしまいました。大人になったのかもしれません。それでも時々思い出しては、君といない今を奇妙に感じます。

 

  どうしてこんな手紙を書いているかというと、ひとつ報告をしたいんです。君にとってあまり有意義ではないかもしれないのですが、少しだけお付き合いください。

  どうか笑わないでくださいね。どうやら僕のカレンダーは、色彩を失ってしまったらしいのです。というのも、君は知らなかっただろうけれど、僕は君との予定をカラーペンで手帳に書き込んでいたんです。今どきじゃないですね。この前、1月と2月の予定を振り返っていたんです。ページを開いた瞬間の驚きは、言葉になりません。君がいたから、僕の生活には色味があったんだなんて、くさいかもしれませんが。ほんとうに、しみじみ考え込んでしまいました。こんな報告、今更かもしれません。

 

  君に出会うまで、僕の世界は灰色でした。これは単なる比喩ではなくて、紙面ばかり見ていたので本当にそういう感覚なんです。僕にとってはそれが当たり前でした。なんて味気ない世界で満足していたのかと呆れてしまいます。

 

  結局僕たちは、当たり前だったものが、当たり前じゃなくなった時に、ほんとうに大切なものに気がつく生き物です。

 

  世界は変わりました。

  変わらないものはなんだと思いますか。

  また手紙を書きます。健やかでありますよう。

 

 

 

 

御法川わちこ 2020/05/01